厚生労働省の「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会」で副業や兼業の場合の労働時間管理について話し合いがもたれてきました。
すでに副業をやっている人たちからは、なんで問題になるのかなぁ、とっとと解禁してよ、と軽く考えられがちですが、オーバーワークは労災とかにも絡んでくるのですよね。
会社側、たとえば自分が会社の社長でしたら、どうでしょうか。
自分の会社で働いている従業員が、過労死してしまった、労働時間がものすごい時間数になっていたというような場合です。
それが自分の会社だけの問題なら労働時間も把握しやすいでしょう。
過重労働による労災だと言われても寝耳に水、です。
その労働者が複数の会社でバイトしていたから、過重労働を招いた。その人にとっては、ほぼ寝ないような状態だったのだと言われても「知らなかった」となりがちです。
オーバーワークにからむ健康管理の問題だけではなく、そもそもの労働時間の上限規制の問題、割増賃金の問題もあります。雇用保険はどうするかなど、一筋縄ではいかない問題が数多くあります。
兼業や副業がない状態でも、世の中には、いまだに労働時間の問題はあるのですから。
会社側で、複数の会社で働いている兼業者や副業者について、日々、その労働者の労働時間の管理が難しいことは、容易に想像できます(月単位でも大変なことには変わりないですが)。
「健康確保」はしないといけませんし、では、労働時間をきっちり管理しろ、と言われても実効性があるかどうか問題になります。そもそも、労働者に申告してもらわないとわかりませんし、その時間を嘘ついて申告されていたことが後になってわかった、となるとどうしようもない面があります。
労働に関する法制度は、ひとつの会社で一日を働いてすごすことを前提としていましたから、今のような兼業だとか副業だとかは「想定外」だったということでしょう。
副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する報告書が出た
令和元年8月8日に、検討会の「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する報告書」が公表され、今後は、労働政策審議会の場で、引き続き、副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方について検討するとのことです。
厚生労働省のページ:
「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方に関する検討会」の報告書を公表します
この報告書が出たからと言って、すぐさま、変わるわけではないのです。
いわば論点整理のようなものをして、「考えられる選択肢」として、いくつか出して整理したわけです。
副業や兼業者の健康管理について
労働安全衛生法では、「複数の事業者間の労働時間を通算することとされていない」ということで、あくまで、安衛法としては事業場を異にする場合の通算は健康についてはなかったのですね。
もちろん、労働基準法には、38条に
「第三十八条 労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定されています。
無視していいわけではないのです。それに労働者の健康問題も重要です。
そこで、健康問題については、現在よりも、きっちり考えようという姿勢のようです。
健康確保措置に係る制度の見直しの方向性が示されていました。
新たに、労働者の自己申告を前提に、各事業者が通算した労働時間の状況(例:月の総労働時間) を把握することも考えられる。(ただし、副業・兼業は労働者のプライバシーに配慮する必要があること、事業者を跨がることから、労働者自身による健康管理も重要になると考えられる。)
たしかに、事情ありで、兼業している人もいるかもしれません。プライバシーに配慮は必要でしょう。
それとともに、労働者側もなんでもかんでも会社まかせ、労働時間の管理も会社まかせ、というよりも自分自身でも働き過ぎにならないように、オーバーワークのことは常に頭に置いておく必要があります。
このうえで、選択肢が示されていました。
1-1として、
事業者は、副業・兼業をしている労働者について、自己申告により把握し、通算した労働時間の状況などを勘案し、当該労働者との面談、労働時間の短縮その他の健康を確保するための措置を講ずるように配慮しなければならないこととすること。(公法上の責務)
1-2として、
事業者は、副業・兼業をしている労働者の自己申告により把握し、通算した労働時間の状況について、休憩時間を除き一週間当たり四十時間を超えている時間が一月当たり八十時間を超えている場合は、労働時間の短縮措置等を講ずるほか、自らの事業場における措置のみで対応が困難な場合は、当該労働者に対して、副業・兼業先との相談その他の適切な措置を求めることを義務付けること。また、当該労働者の申出を前提に医師の面接指導その他の適切な措置も講ずること。
となっています。「労働者の自己申告により」と書いてありますが、健康確保のために、きっちり労働した時間を申告するでしょうか。それを会社が他社分も含めて把握して、というのは、なかなか難しいと思いますけどね。
今でも、副業禁止の会社で、こっそり副業している人っているでしょうが、健康確保のために必要だからと、その時間も報告せよとなったら、どうでしょうか。さらに、自分の会社だけでは労働時間の短縮が困難な場合は、兼業先とも相談しなさい!と言えるのか?
健康確保のルールを決めることはいいことだと思いますが、実務上そこまで、できるでしょうか?という感想を持ちました。
ひとまず、報告書に書いてあることを続けます。
2としては、
通算した労働時間の状況の把握はせず、労働者が副業・兼業を行っている旨の自己申告を行った場合に、長時間労働による医師の面接指導、ストレスチェック制度等の現行の健康確保措置の枠組みの中に何らかの形で組み込むこと。
現実問題としては、2のほうがまだ可能性があるかなと思います。
長時間働く人という前提で、面接指導やストレスチェック制度の枠組みに入れるという方法です。
労働時間の上限規制について
労働時間の上限規制については、さらに難しい問題のようです。
世の中には、9時ー5時の単純な時間制になっている会社ばかりでなく、フレックスタイム制だとか、より複雑な制度を導入している会社もあります。
将来は、AIだとか、ロボットだとかで、時間の管理ができるシステムになるのかわかりませんが、当面、中小企業では管理しきれないような気がします。
私は、労働時間の上限、すなわち、労働時間の把握については会社がきっちり管理することの実効性は疑問に思います。それにだいたいにして、「自己申告」の申告が少なめに申告されていたら、どうするのでしょうか?
そのためか、報告書にも複数の会社での労働時間を日々厳密に管理することは、企業にとっては、「非常に困難な場合が多い」と書かれていました。
それはわかっているけれど、こういう方向性で、ということでしょう。
1,違法状態が放置され労働基準法に対する信頼性が損なわれかねないこと、
2,労働者が保護されない事態になりかねないこと等を踏まえ、
制度の見直しの方向性としては、例えば、以下のようなことが考えられる。
と2つの選択肢を提示していました。
1,労働者の自己申告を前提に、通算して管理することが容易となる方法を設けること。(例:日々ではなく、月単位などの長い期間で、副業・兼業の上限時間を設定し、各事業主の下での労働時間をあらかじめ設定した時間内で収めること。)
2,事業主ごとに上限規制を適用するとともに、適切な健康確保措置を講ずることとすること
会社側で月単位などの比較的長めの単位で、副業や兼業の上限時間を設定して、その時間内に収めるようにすることを決めるとか、
会社ごとに、労働時間の規制を設ける(ただし、健康確保措置を講じたうえで)という方法が出ていました。
その他としては、「労働者自身が月の総労働時間をカウントし、上限時間に近くなったときに各事業主に申告すること」も欄外に書かれていました。
割増賃金についても同様の問題
割増賃金についても、上限規制と同様の問題です。
1,違法状態が放置され労働基準法に対する信頼性が損なわれかねないこと、
2別の事業主の下で働く場合に、労働時間を通算して割増賃金の支払い義務があることが、時間外労働の抑制機能を果たしていない面もあること
本来は、時間外労働の抑制機能としての「割増賃金」だったわけですが、その抑制ができるのか、です。
そこで、こちらも2つの選択肢を例示として出していました。
1労働者の自己申告を前提に、通算して割増賃金を支払いやすく、かつ時間外労働の抑制効果も期待できる方法を設けること。(例:使用者の予見可能性のある他の事業主の下での週や月単位などの所定労働時間のみ通算して割増賃金の支払いを義務付けること)
他の会社で働いた分は、日単位はムリでしょうから、週単位、月単位での所定労働時間だけを通算して、割増賃金の支払いをさせるというものです。
もう1つは、
各事業主の下で法定労働時間を超えた場合のみ割増賃金の支払いを義務付けること。
通算ではなく、会社ごと(事業主ごと)に、法定労働時間を超えた場合のみ割増賃金の支払いを義務付けさせるというものです。
その他としては、「割増賃金の支払いについて、日々計算するのではなく、計算・申告を簡易化すること」とのことも付け加えてありました。
この報告書を読んだ印象では、「健康確保の問題」については、制度の見直しとして強化の方向が示されているように感じましたが、労働時間の上限規制や割増賃金に関しては、「企業にとって、実施することが非常に困難」の文字があることからも、複数の会社での、日々の労働時間の把握は、現実問題として、ムリだろうということが垣間見える印象を持ちました。それをわかったうえで、なんとか労働者の健康にも留意していきたいという現れかと思いました。
これで終わりというわけではなく、引き続き、労働政策審議会でこの報告書を踏まえて労働時間管理の問題について検討が続きます。